東向き通り商店街。
奈良公園へ抜ける道はいくつかあるはずなのに、気がつくと、今でもこの
アーケードを通ってしまう。
そして、その度に身構える。“見知った人に会ったらどうしよう・・・”
学生時代、この道を無事に通れることはまず稀だった。
商店街の先にある三条通りに交わる手前で、下手をすれば商店街の入口で、
何故か知った顔に出くわす。軽く挨拶を交わすも、相手がにやりと笑ったかと
思ったら、そのまま飲み会へ、のパターン。
厭な思い出ではないはずなのに、度々の刷り込みは強い。数年を経た今でも
消えない習性に苦笑する。
そんな狭い奈良。限られた夏の行事。
いきおい誰かに会うのは必定。それでも出かけていったのは夜のせい。
暗がりが多少のことはぼかしてくれると思ったから。
真面目に表参道を歩いて、拝殿で柏手を打つ。
隣にいた人の将来を初めて願った。
自分たちの、ではなかったのは、年上のその人は、単にわがままに付き合って
くれただけという歴然とした意識があったから。
呼び出したのは私。居残ってしまった夏、ちょっとした気分転換のつもりで。
回廊の、朱い格子の隙間から釣り燈蘢の灯りが揺れる。
本殿へ着いたのは、管絃が奉納される時間をはるかに過ぎた頃。これだった
ら知った人には会わないという安心感が、私を燈蘢の側まで近づけた。
ゆらぐ炎、まばゆい煌き。
眺めているうちに、何でもなく側にいる人の、顔や言葉についと引き寄せられ
そうになる。何度も何度も目を瞬かせながら、いかん、いかん、と首を振る。
蠱或的な炎の囁きに、耳を傾けてしまいたくなる。
帰りを促して東向き商店街を目指して歩いた道。
誰でもいいから知った人に会いたくて急いだ。
猿沢池のほとりまで辿りつく。アーケードは目前だ。ほっとして、団子のよう
に立ち止まって見上げる人波の先を振り返ると、山には大文字が燃えていた。