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旅で出会った忘れられない人たち
Ayato
4年間のOL時代、仕事と人間関係のストレスで弱っていた私は、 このままここで年老いていくのはやだ!まだ若いんだし今しかできないことをしてや る!と、退職。
高校時代から地理が大好きで、大学もワンダーフォーゲル部に所属。 国内を中心に山に登り、旅しまくり、と放浪癖のあった私でしたが、 仕事していたら行くことがまずできないであろう南米とヨーロッパ周遊にターゲットを絞り、 退職の1年前から、ああでもないこうでもないと計画を練り、 記念すべき2001年、実行に移したのでした。
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Vol.1 Jungleの少年(エクアドル) 2002.2.25 update 
 飛行機から下りた瞬間、ムッとした熱気に私は少しくらくらした。ここは赤道直下の国エクアドル、そのアマゾン河支流ナポ河のほとりの町。そこから小さなボートでさらに河を下り、途中でそのボート2隻が辛うじてすれ違える程の細い川に入ると、ボートはエンジンを止め、手漕ぎでゆっくり進み出した。そして鬱蒼とした木々の中を縫って私達が辿り着いたのはまさにジャングルのど真中。ここのロッジで5日間過ごすのだ。
ロッジには、ヨーロッパからの観光客と、そこで働く現地の少年達がいた。

 ヨーロッパの観光客は、スペイン語はほぼ理解しているようだったし、母国語ではない英語も流暢に話していた。私の英語はかなりひどかったが、私が他の客の中で1番若い1人旅の女の子ということもあって、そのたどたどしい英語も愛嬌で済まされていたようだった。
 ところがロッジの少年達はスペイン語のみ。英語以上にスペイン語が話せない私は、彼らとコミュニケーションを取りたくても勇気もないし挨拶くらいしか出来ない有様。

 いよいよ明日で帰るという日の午後、ジャングルをガイドの少年に案内してもらい、ロッジに戻ってきたとき、ちょうど少年達はサッカーをして遊んでいた。ガイドの少年は、それを見て大喜びでサッカーのチームに入っていった。そして振り返り、やちよもおいでよと誘ってくれた。彼以上に大喜びで私はその中へ飛び込んでいった。
 一緒にスポーツするときに言葉なんて必要なかった。私達はきゃぁきゃぁはしゃぎながらサッカーを楽しんだ。そしてすっかり少年達と打ち解ける事が出来たのだった。その後も、辞書を片手に私の知っている数少ないスペイン語単語とフレーズを並べ立て、身振り手振りで一生懸命話した。彼らは東洋人が珍しいというのもあったのかもしれない。瞳を輝かせながら私の話に聞き入った。そして私達は日本語とスペイン語を教えっこした。
 夜になると、別の観光客グループの女の子が、音楽を掛けてダンスを始め、私にもおいでよ教えてあげるからと声を掛けてくれた。私は教えてもらったステップで、私の話を一番熱心に聞いてくれた少年と一緒に踊った。そしてその夜遅くまで賑やかにダンスし、歌い、お喋りし、皆で楽しく過ごした。

 翌朝、私は来たときと同じボートに乗り、ジャングルを去ろうとしていた。ロッジを出る時少年達は、仕事中なのか姿が見えなかった。私は名残惜しい気持ちでいっぱいだった。もっともっといろんなお話をしたかった。ちゃんとさよならを言いたかった。少し寂しい気持ちで、来るとき通った細い川を下っていった。しかしその気持ちは、ナポ河に合流するところに少年達の姿を見つけたとき、もう一度会えた、直接さよならが言えるという安堵と喜びにすり変わってしまった。
 少年達は川の中に入り、スムーズにボートが通れるよう厚く堆積した泥を掘起こしていた。そして泥を掘り出した後、ボートをナポ河へ向けて押し始めた。前夜一緒にダンスをした少年が、そばに来てボートを押しながら私の目を見て笑って言った。

「あ、り、が、と」
「!!」

 彼は私にお礼を言ってくれたのだ!私が教えた日本語で!私が教えた日本語を覚えていてくれたのだ!前夜までスペイン語しか話せなかったのに!
 驚きと感動で一瞬言葉が出なかった。嬉しくていじらしくて私の胸はきゅぅっと詰まりそうだった。私も知っている限りのスペイン語でお礼を言った。
「ありがとう、ありがとう!とても楽しかったよ!いつか日本に来てね!」

 ボートが無事ナポ河へ滑り込むと、エンジンがかかり、ボートはスピードを上げて進み出した。あっという間に少年達は遠く小さくなっていった。感動でいっぱいの私はいつまでも手を振りつづけた。


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